【東京地判平成9年04月25日】ゴム紐事件

 しかし、右のような権利成立上の瑕疵のある意匠権に基づく差止請求その他の請求を受けた相手方としては、右のような意匠登録を無効とする審判の請求ができることとは別に、自己の実施している意匠が当該登録意匠との関係での公知意匠と同一あるいは実質的に同一であることを主張、立証して、当該登録意匠の範囲に含まれないという意味での請求権不発生の抗弁(これを名付けるならば「出願前公知意匠の抗弁」と呼ぶことができよう。)とすることができるものと解するのが相当である。即ち、前記のとおり、意匠法三条一項は、登録意匠の範囲には当該登録意匠との関係での公知意匠及び公知意匠に類似する意匠は含まれないことをも規定したものと解釈することができ、これに意匠権の効力が登録意匠及びこれに類似する意匠に及ぶとの趣旨の意匠法二三条の規定を併せ考えても、登録意匠の意匠権の効力は、少なくとも当該登録意匠との関係での公知意匠には及ばないというのが意匠法の条文の趣旨と解されるばかりでなく、実質的に考えても、公知意匠の存在によって無効事由があるのにこれを看過して登録された意匠権に基づいて当該公知意匠と同一の意匠の実施の差止請求等の請求を認容するのは、ものの道理に合わないからである。

 意匠法二四条は、「登録意匠の範囲は、願書の記載及び願書に添附した図面に記載され又は願書に添附した写真、ひな形若しくは見本により現わされた意匠に基づいて定めなければならない。」と定めているが、右規定は、登録意匠は、適正な審査を経て実体法上の登録要件を具備したもののみが登録されるという法の本来予定した健全な事態を前提として登録意匠の範囲の定め方を規定したものであり、意匠法の運用上避け難いものとはいえ、権利成立上の瑕疵のある意匠権に基づいて差止請求がされるという法の予定したところからいえば病的な事態に対応して、意匠法三条一項の解釈に基づいて、前記のような権利不発生の抗弁とする余地を認めることは、意匠法二四条に何ら矛盾するものではない。

 また、右のような抗弁を認める場合には、裁判所は、相手方(被告、債務者等)の実施している意匠が公知意匠と同一あるいは実質的に同一であることを認定して、当該実施意匠が登録意匠の範囲にも登録意匠と類似する範囲にも属さないことを判断するのであって、当該意匠登録が無効である旨判断するものでないことは当然である。